大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和37年(う)669号 判決 1963年3月12日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

但し本判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人伊藤典男の控訴趣意書に記載されているとおりであるからここにこれを引用するがこれに対し当裁判所はつぎのように判断する。

所論は要するに、原判決における追徴は、法令の解釈、適用を誤つたもので、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明であるというにある。

よつて記録を検討するに、原判決が被告人の業務上横領の事実を認定し、被告人に対し懲役一年に処する。但し本判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。被告人から金二万円を追徴する旨の言渡をなし、右追徴については刑法第一九条第一項第三号、第一九条の二を適用していることは所論のとおりである。

ところで刑法第一九条の二の価額の追徴は、同法第一九条第一項第三号所定の犯罪行為に因つて得た物や、同項第四号所定のその対価物が、犯人以外の者に属せずして没収しうべかりしことがその前提要件とされているものと解すべきである。蓋しかような犯罪に因つて得た物やその対価物については、犯人は犯罪を犯しながら被害者本人から何等の請求をうけることのない不法な利得をおさめていることがあるので、このような物の没収を認めるとともに、これを没収することができなくなつたときは、その限度において価額の全部又は一部を追徴しうることにして、犯人の手裡に不法な利益をのこさないようにした趣旨とおもわれるからである。したがつて刑法第一九条第二項の「犯人以外の者に属せさるときに限る」というのは、犯罪行為に因つて得た物やその対価物が犯人以外の者の所有に属し同人に物上請求権の成立するような場合のみならず、これらの者から何等かの請求権の行使が認められる場合には没収ひいては追徴も許さない趣旨と解しなければならぬ。もしそうでないとすると、犯人は一方では犯罪行為に因つて得た物や、その対価物について、没収や追徴をうけながら、他方では被害者からの請求を受けることになり、その結果犯人が資力のあるときは二重の損失を招くことになるし、また犯人が無資力の場合には追徴のため、かえつて被害者が事実上その損失を甘受しなければならぬという不合理な結果になるからである。(それゆえ、これらの物が公定価格を超えた価額で処分されたような場合にも公定価格を超ゆる部分についてのみ、犯人以外の者に属せずとして没収、追徴しうるに過ぎない)

本件において原判決の認定するところによると、本件業務上横領の罪の客体たる重油計一一、三キロリツトルは合資会社大和石油店が丸善石油株式会社から買受けた右合資会社大和石油店所有の物であるが、これを被告人が不法に売却することによつて得た代金合計八万円は被告人の所有に皈したわけであるけれども、被害会社からの請求権の行使を免れないから「犯人以外の者の所有に属せさるとき」に該当しないものといわねばならない。したがつてこれを没収することは許されないから、没収できないからとて追徴することも許されない。そうだとすると原判決が右金八万円を没収することができないものとしてその一部金二万円を追徴したのは違法であるというべきである。論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れないので刑事訴訟法第三九七条第一項第三八〇条に則りこれを破棄するが、本件は直ちに判決するに適するものと認めるから、同法第四〇〇条但書に従い当裁判所においてさらに判決する。

原裁判所の認めた罪となるべき事実に法律を適用すると、被告人の原判示各所為は刑法第二五三条、第六〇条に該当するところ、以上は同法第四五条前後の併合罪であるから、同法第四七条、第一〇条により犯情の最も重い原判示第三の罪の刑に法定の加重をなしたその刑期範囲内において被告人を懲役一年に処し、情状刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二五条第一項に則り本判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 小林登一 判事 成田薫 斎藤寿)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例